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東京地方裁判所 昭和31年(行)16号 判決

原告 岡野かねじ

被告 東京都知事

補助参加人 小林藤次郎

主文

被告が昭和二十八年二月二十日付第三〇七五号をもつて、東京都新宿区若葉三丁目一番の五、同一九、同二〇、同二三、同二四の土地にまたがつてした道路位置指定は右同番の二〇の土地に関する部分(別紙添付図面のA、B、G、H、Aを結ぶ線内の部分)にかぎり無効であることを確認する。

訴訟費用は原告と被告との間に生じた部分は被告、参加によりて生じた部分は補助参加人の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は第一次的請求として主文第一項同旨及び「訴訟費用は被告の負担とする。」予備的に「被告が昭和二十八年二月二十日付第三〇七五号をもつて、東京都新宿区若葉三丁目一番地二〇の土地に対してなした道路位置指定はこれを取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求原因として次のとおり述べた。

一、第一次的請求の原因として、

「(一) 東京都新宿区若葉三丁目一番地二〇所在の宅地二十二坪一合(以下本件土地という)はもと訴外橋爪鉄雄の所有であつたが、昭和三十年六月一日売買により右訴外人より原告が譲受け、現に原告の所有地である。

(二) 被告は、昭和二十七年十二月十三日付補助参加人小林藤次郎の受付番号第二一九〇号道路位置指定申請に基き昭和二十八年二月二十日第三〇七五号をもつて同所同番の五、同一九、同二〇、同二三、同二四の各土地にまたがり道路位置指定をしたが、そのうち本件土地に関する部分は別紙図面ABGHAの各点を結ぶ線内の土地にあたる。

(三) しかし建築基準法施行規則第七条によると、道路位置指定を受けようとする者は道路の敷地となる土地の所有者の承諾書を添えて特定行政庁に提出するものとする旨定められているので、その一部が道路の敷地と指定された本件土地は前記申請当時訴外橋爪鉄雄の所有であつたから、右土地に対する道路位置指定は右橋爪の承諾があつてはじめてなされるべきところ、被告は補助参加人小林藤次郎作成の申請書添附の承諾書に記載された訴外山本清子を本件土地の所有者と認定の上、その承諾ありとして本件道路位置指定処分をしたものである。

(四) しかして前記建築基準法施行規則第七条に基く道路位置指定はその規定上道路の敷地となる土地の所有者の承諾は決定的な要因であるから、道路の敷地となる土地の所有者を誤りその承諾がないにもかゝわらず単に申請書の記載を信じて指定処分をなすがごときは重大なかしがある。しかも道路の敷地となる本件土地の所有者が訴外橋爪鉄雄であることは登記簿上明らかであり、また短期間内に同種申請を多数処理すべき特別の事情その他調査をなすにつき支障となるような状況はなかつたのであるから、右処分のかしは明白である。

(五) 従つて本件土地に対する道路位置指定は重大且つ明白なかしに基くものであり無効であるから、その無効確認を求めるため本訴に及んだ次第である。」

二、予備的請求の原因として

「(一) 仮りに本件処分の無効確認請求が理由がないとすれば、本件処分は道路の敷地となる土地所有者の承諾書を欠く違法な指定であるからその取消を求める。

(二) なお、原告が行政事件訴訟特例法第五条所定の出訴期間内に本訴を提起しえなかつた理由は次のとおりである。

本件土地に対して道路位置指定がなされていることを知らぬ訴外橋爪鉄雄は、本件処分のあつた後該土地上に建物を増築し、原告は右訴外人より昭和三十年六月一日本件土地をその地上建物と共に譲受け、その後原告が右建物の増築部分につき建築の確認申請を出そうとしたところ、昭和三十年九月末ごろはじめて本件処分のあつたことを知つたのである。そこで原告は各方面にわたり証拠を蒐集しいつでも本訴を提起しうるよう準備をするとともに解決策として隣地の買収に当りその地主と交渉する一方、東京都建設局に対しても示談解決の折衝を重ねたところ、昭和三十年十一月末ごろにいたり同局は前記増築建物の建築確認をする旨の解決案を示しこれが実行を確約したので、原告は本訴の提起を見合わせていた。しかるに昭和三十一年二月五日ごろにいたり同局は突然建築確認することは困難である旨原告に通告してきたので、やむなく、原告は先に準備してあつた本訴を提起したのである。かくのごとき事由で処分の日から一年以内に本訴を提起できなかつたもので右は正当な事由に基くものであり、又処分のあつたことを知つた昭和三十年九月末ごろから六カ月以内に本訴を提起したのである。

仮りに本訴が処分があつたことを知つた日から六カ月の期間経過後に提起されたものであるとしても、前記のごとく原告は東京都建設局と折衝した結果同局は増築建物の建築確認をする旨確約したので信じていたところ、昭和三十一年二月五日ごろにいたり突然右建築確認は困難である旨通告してきたのであるから原告の責に帰すべからざる事由により右期間を経過したものである。従つて右事由のやんだ同日より一週間以内に本訴提起に及んだのであるから民事訴訟法第百五十九条により右訴訟行為は追完されたものである。」

と述べた。

(立証省略)

被告指定代理人は第一次の請求について請求棄却の判決を求め、予備的請求について本案前の抗弁として、「本件訴を却下する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、その理由として「本件道路位置指定処分は昭和二十八年二月二十日その指定をなし、同年三月二日申請人に通知し且つ同年四月十四日東京都公報に公告したものであるが、原告が本件処分があつたことを知つたのは、本件土地上の原告所有建物の増築を行わんとして建築の確認申請をなしそれが却下された昭和三十年六月三日である。本訴の提起された昭和三十一年二月八日は、右却下の後六ケ月以上を経過しており、本訴は行政事件訴訟特例法第五条第一項所定の出訴期間を経過しているので不適法として却下さるべきものである。」と述べ、本案について「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、本案についての答弁として「被告が原告主張の日補助参加人小林藤次郎の申請に基き原告主張の土地について道路位置指定をしたこと、そのうち本件土地に関する部分が原告主張のとおりであることは認めるが、原告が本件土地を昭和三十年六月一日訴外橋爪鉄雄より譲受けたことは不知、その余の原告主張事実は争う。補助参加人小林藤次郎のなした本件道路位置指定申請は、右参加人より依頼を受けた訴外光土地建設株式会社が事実上の手続をなしたのであるが、指定を受けようとする道路の敷地についてその土地所有者の承諾をうる任に当つたのは右訴外会社の社員桜井哲夫であつて、桜井は本件土地を参加人小林から買受けた名義人が訴外山本清子であることを知つており、且つ山本清子は本件道路位置指定申請当時の本件土地の所有者訴外橋爪鉄雄の内縁の妻として本件土地に同棲していたのであり、前記桜井が昭和二十七年十月一日右山本清子に土地所有者としての承諾を求めたところ、橋爪もこの事実を承知の上で異議を述べず山本が承諾書に署名捺印したものであつて本件道路位置指定申請について橋爪の黙示の承諾があつたものである。よつて本件処分は建築基準法施行規則第七条の要件を具備し適法なものである。」と述べた。

(立証省略)

理由

被告が原告主張の日時原告主張の土地について、補助参加人の申請にかゝる道路位置指定の処分をしたこと、そのうち本件土地に関する部分が別紙添付図面のA・B・G・H・Aを結ぶ線内の土地にあたることは当事者間に争がない。建築基準法施行規則第七条によると道路位置の指定を受けようとする者は、申請書に図面及び道路の敷地となる土地の所有者の承諾書を添えて特定行政庁に提出するものとされているところ、原告は本件道路位置指定処分は右申請の要件を具備していないにもかかわらずこれを認可したものであり、本件処分は重大且つ明白なかしに基くもので無効である旨主張する。成立に争いのない甲第二、第四号証ならびに証人橋爪鉄雄、同山本清子の各証言を綜合すると、本件土地は附近一帯の土地とともにもと補助参加人小林藤次郎の所有であつたが右参加人は昭和二十七年はじめごろ本件土地を含む附近一帯を分譲するため、訴外光土地株式会社にその分譲の事務を委任したところ、昭和二十七年四月十日訴外橋爪鉄雄が本件土地を買受け、その所有権を取得したこと、もつとも同人はいつたん登記簿上は同人の妻山本清子の所有名義にしたが、間もなく同年九月ごろ両名が右清子の養家先山本方を出ることとなつた際、同年九月十三日本件土地の所有名義も山本清子から橋爪鉄雄(当時多々野鉄雄)に移転登記したこと、右橋爪は昭和三十年五月二十日本件土地をその地上建物とともに原告に譲渡し、原告においてその所有権を取得し、そのころその登記を経由し、現に原告の所有であることが認められる。しかして本件道路位置指定申請の事情についてみるに証人朝倉弘之、同出ツ所幸市郎、同桜井哲夫の各証言ならびに同証言より真正に成立したと認められる乙第一号証によると前記のごとく分譲の事務を委任された右訴外会社は参加人小林と折衝の結果、私道を含め分譲計画を立て、先づ同社の測量士出ツ所幸市郎が分譲地を測量し一区劃ごとにくいを打ち込み、それに基いて同社社員桜井哲夫らが買受希望者と交渉し売買契約をなした、その際本件土地についてはその一部分が私道敷に供されることは買主橋爪に告知してあつたが、該私道は右売買当時は本件土地と隣地同番の二四との地境である別紙図面GH線に平行してその北側敷地内約三尺が削られるという程度のことであつたところ、本件土地が橋爪に売渡されてから八カ月後の昭和二十七年十二月にいたり前記出ツ所は本件土地附近一帯の土地について測量を作成の上、その私道敷に供する部分を定めたが、それによれば本件土地の関する部分は売買当時指示した私道敷地とは異り本件土地と隣地にまたがり別紙図面ABCDEFAを結ぶ土地を道路位置となし、これに基いて参加人小林の名で前記道路位置指定申請をしたものであることが認められる。しかして乙第一号証の記載、証人橋爪鉄雄、同山本清子、同出ツ所幸市郎、同桜井哲夫(但し後記信用しない部分を除く)の各証言に本件口頭弁論の全趣旨をあわせれば右申請当時本件土地の所有者は橋爪鉄雄であつたにかかわらず申請書に添付すべき承諾書作成のため土地所有権者の承諾を求める任に当つた光土地株式会社の社員桜井哲夫は、当時橋爪と同棲していた同人の妻山本清子を本件土地の所有者と誤認して橋爪の承諾をえなかつたばかりでなく、右山本清子の承諾をも求めることなく勝手に前記の申請書に同人名義の署名捺印をしてその承諾書を作成したものであることが認められる。証人桜井哲夫の証言中右認定に反する部分は信用せず、証人出ツ所幸市郎の証言によつては右認定を左右するに足らず、その他に右認定をくつがえすに足る証拠はない。すなわち本件処分は本件土地に関する限り、道路の敷地となる土地の所有者の承諾を欠く申請に基いてなされたものであること明らかである。

思うに建築基準法施行規則第七条が道路位置指定にはその道路の敷地となる土地の所有者の承諾を要することと定めたのは、私所有権の客体である土地が建物基準法第四十二条第一項第五号に基き道路の敷地に供されるときは、爾後この土地の上に家屋を建築することをえないのはもちろん、その他道路としての使用以外にこれを使用収益することを得ないこととなり、所有権に対する重要な制限を加えることとなるから、その所有者の承諾ある場合に限つてこれをなし得ることをしたものであると解せられる。従つて右承諾を欠く申請に基く道路位置指定処分は法の定める要件を欠くかしあるものとして違法といわなければならない。そしてこのかしは事の性質上それ自体重大なものというべきことは自明であるとともに、本件土地の所有者は実体上も公簿上も右橋爪であるから右申請の要件を審査するにあたり登記簿ないし土地台帳に徴すれば右かしは容易に発見し得たものというべきであるからそのかしはまた明白であるといわねばばならない。

しからば本件道路位置指定処分は無効であるというべく、原告の予備的請求を判断するまでもなく、本件処分の無効確認を求める原告の本訴請求は理由があるものとしてこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十四条後段を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 浅沼武 菅野啓蔵 小谷卓男)

(別紙図面省略)

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